canangとは、



canang(チャナン)とは、バリ島のそこかしこで目にする神様への感謝と祈りを込めたお供え物のこと。

 毎日毎日、目に見えないものを信じる心、大切に。。。

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2019年8月4日日曜日

79の母のこと、2019夏。



昨年11月に施設に入所した母、、近所の施設なので月2~3回は顔見に行って、座ってる母の肩や頭に手を当ててレイキしてあげてます。
レイキのいいところは遠隔でも効果があるので、夜セルフヒーリングを兼ねて母にもヒーリングしています。
今日は家族参加で施設の納涼祭でした。
お祭りの焼きそば食べたくて、夕ご飯は半分しか食べなかったそうです。
食べることはしっかりしてるので大丈夫ですね!^^


#母 #兄弟 #納涼祭

2019年5月3日金曜日

シニアヨガの学び。



GWもずっと仕事ですが、2日間休みを頂いてシニアヨガのTT受けて来ました。

入ってくる情報はSNSが多いせいかもしれませんが、もっとシニア世代にもヨガを提供する場を増やした方がいいのではないかとの思いもあり、自分の指導の幅を広げる意味もあって受講しました。

これまでご縁がなかったので初めてのstudio yoggyでしたが、今まで行った中でも洗練されていて、近くにあったら通ってみたいなぁと思うスタジオでした。

yoggyのディレクターでもあるyasushi先生も初めてでしたが、適度なユーモアと実践的で的を得たティーチングで好印象でした。

高齢者の身体機能を疑似体験するプロテクターを装着する機会もあり、今は施設に入ってしまった母に対して、もっと優しく寄り添ってあげる心のゆとりが欠けていたことに気づいたり、身体的にも精神的にも衰えていく自分の母親に対して、ヨガ講師として何もしてあげられなかったことを反省してみたり、、何よりもシニアヨガに限らず、これからスポーツジムなどに活動の幅を広げて行く上でも貴重な学びとなりました。

#ヨガ #ヨガ講師 #シニアヨガ #母 #ありがとう! #ごめんなさい! #愛しています!















2019年1月2日水曜日

78の母のこと、2019新春。



 昨年夏ごろにひとりで家に居るのは難しくなったので、施設に入所の申込みをしたのですが、一年ぐらいは順番待ちとのことだったけど、昨年11月下旬に、思ったより早くに空きがでて正式に入所できました。

今日は千葉から長女と、袋井から次女が帰省したので、一緒にお見舞いに行きました。

娘たちが母と会うのは二年前のお正月以来でしょうか。

まだもう少し元気だったころの面影は消え、年老いた母を見る長女の目は涙目でした。。。

それでも嬉しいことに、この春社会人三年目の次女は、地元の市役所に中途採用で転職が決まったそうで、4月にはこちらに戻って来ることになり、母も嬉しそうでなによりです。

#母 #娘 #姉妹 #仲良し

2018年7月2日月曜日

78の母のこと、2018初夏。


母の状態は日に日に低下する一方で、、ここ最近は転倒するのは日常茶飯事で、液晶テレビの土台が破壊されたり、網戸が破壊されたり、もう全身アザだらけで生傷絶えず、トイレも難しくなったので、リハビリパンツを履くようになったのですが、つい最近大  までするようになって、もう!!とついつい声を荒げてしまいましたが、自分も赤ちゃんのころはやってもらってたのだからと開き直るしかありません。母もその時の朝食時は申し訳ないと思ったのかしゅんとしていました。

先日、叔母さん(4姉妹の末の妹、母長女)が様子見に遊びに来たときのこと、母に今何したいかと聞いたところ、死にたいと答えたそう。。

どんなに転んで全身アザだらけでも、頭から出血した時も、ひとことも痛いとかなんとか泣きごと言わないけれど、ほんとはとっても本人が一番辛いのでしょうね。

主治医の先生からももうひとりで居るのは無理ですね。と引導を渡されたこともあり、特養老人ホームへ入所の申込みをしました。が、入所待ちの状態で一年ほどは順番待ちの様子です。

それまでは空きがある限りショートステイ(最長30日利用できて2晩自宅に一時戻る)を繰り返しながらの順番待ちです。

そんな訳で今日から約一月のショートステイが始まり、ほっとひと息つけます。

母も日中ひとりで居るより安心安全でほっとしていることでしょう。



2018年5月5日土曜日

78の母のこと、2018春。



軽い認知症で要介護1の母はデイサービスが週1から週3になり、機能訓練などもしてくれるので、いろいろ低下してしまったものが少しは改善してくれるのをどこかで期待していましたが、改善するどころか、、

認知症予防のドリルがあって、それまでスラスラ出来ていたものが、一桁の足し算を間違えるようになったり、

何か行動するにもぼーと立ち止まってしまうことがよくあったり、

ご飯を上手に食べれなくなってポロポロとこぼしてしまったり、

夜帰宅するとテーブルは何かこぼしたのがそのままベタベタになっていたり、

特に最近は室内を移動するにもヨロヨロ危なっかしくて、とにかく日に何度も転んでしまうのが一番心配で、大なり小なりいろいろ事件は起きるわけで、、

最近の大きな事件は、夜帰宅するとトイレの入口から横たわっている母の足だけ見えて、、以前転倒して耳から出血していたりしたこともあったので、うわぁと思いながらトイレに入ると、便器と壁の狭い隙間に挟まって横たわって身動き取れないでいて、引っ張り出すのも一苦労だった。聞くと5時間もそうしていたようだけど、幸い腕を少し内出血したくらいで本人も平気な様子だったので良かったけれど。


そんな子どものようになってしまった母に、少し前まで良く怒鳴り散らしてしまうことがしばしばありました。

言い過ぎてしまってると分かっていても、ついつい大きな声で怒鳴って怒ってしまう自分がいました。

言葉の暴力と分かっていても、母なのでついつい怒鳴ってしまう自分がいました。

寝てばかりいる母に「体操とかがんばってやらないと寝たきりになっちゃうよ」と言うと、

「寝たきりになってもいい」と開き直ったように言う母。


それまでの僕は、母に良くなって欲しいと期待感があって怒鳴ってしまったんだと思う。

最近は、人は老いていくものだから、

それも母の人生、、

期待を手放せるようになったのか、怒鳴ることを抑え優しく話せるようになってきました。


以前受けた陰ヨガのTTの時にある人が言っていた言葉が強く印象に残っていて、その言葉にも救われている気がします。

「陰ヨガは子育てのよう、とにかく待つ、ひたすら待つ、なにがあっても待つ」。。。




写真の本は義理の姉が持って来てくれた、92歳の柴田トヨさんの詩集「くじけないで」





(認知症予防も兼ねて)声に出しながら読むように言うと、泣きそうになりながら読むか細い母の声。



そんな母にも先日、シンギングボウル サウンドセラピーをしてあげました。

とても気持ち良かったようで、終わってからそのまま布団を掛けて寝てもらいました。

シンギングボウルの倍音と波動には目に見えない素晴らしいプラーナ(エネルギー)があるので、時間がある時にはたびたびサウンドセラピーをしてあげようと思います。

ボウルの響きでなにか母に良い変化があればいいのだけれど。


P.S.

先日、町の病院に母を連れて行き、病院を出た駐車場でたまたま一緒に出てきた方に、

「大変ですね」「がんばってくださいね」「順番だからね」

と僕に向かって声掛けて通り過ぎて行く自分と同年代くらいの女性がいました。

見ず知らずの方で通りすがりにさりげなく言われたので、

「順番だからね」の言葉の意味が、毎週土曜日には兄夫婦が母の様子を見に来てくれるので、兄夫婦と自分と順番だからね。

と言う意味に受け取って「ありがとうございます」と返したのですが、そんな事情を見ず知らずの人が知るはずもなく、帰りの車を運転しながら、

自分も将来は介護される日が来るかもしれない。

その意味の「順番だからね」と気付いてハッとしました。

よっぽど待合室の僕の様子が大変そうだったのか?

きっとその方も親の介護を乗り越えて来られたんでしょうね。

自分が経験したからこそ分かる、人の痛みや苦しみ。


僕も母からいい経験をさせてもらっています。

一番の収穫は料理をするようになって、手作り弁当作る習慣ができたこと。


#くじけないで #柴田トヨ #認知症 #介護 #母 #待つ #愛 #感謝

#ありがとう #ごめんなさい #許してください #愛しています

2017年2月5日日曜日

もうすぐ77になる母と。



今週で77になる母。

ひと月ほど前から右の肩が痛いと病院通いを続けてもなかなか痛みが取れず。

最近は一日おきにお風呂上がりにタイマッサージをしてあげてました。

実は今まで一番身近にいた母にはこれまでしてあげてなかったのですが、とても気持ちいいと喜んでもらえます。

これまで親孝行らしいことはなにもできていなかったのですが、昨年5月の入院以来、身体機能、認知機能が急低下し、色々と母のためにしてあげることも増えてきました。


今日はもうすぐ誕生日だということもあり、母と二人で修善寺百笑いの湯へ行き、数ヶ月後には自分の職場になるであろうサロンで整体を受けてきました。

施術直後は痛みが取れて治ったと喜んでいたのですが、、夕ご飯を食べ、もうひと風呂浴び、帰りの車内で再び聞くとまだ痛いと、、なかなかしつこい肩こりのようでまだしばらくタイマッサージの親孝行が必要なようです。


自分も今回は整体を受けたのですが、やっぱり受けるのもする方もタイ古式の方が自分には合っているようです。


以前月一定期開催していたタイマッサージデーは現在休止中ですが、ご希望がありましたらその都度対応させていただきますので、ご自分やパートナーへの誕生日プレゼントとしてもぜひ! お問い合わせくださいね。





2017年1月2日月曜日

2017ふつうのお正月。



2017年、新年明けましておめでとうございます!

今年のお正月休みは海外にも行かず、海にも行かず、久しぶりにのんびりとしたお正月を過ごしています。

ここ静岡の元旦はとても暖かく、穏やかな新年となりましたね。


今日は千葉から帰省した長女と春に社会人となる次女と母、4人で近所の公園に凧揚げしに行きました。

娘たちは昨年のお正月から凧揚げがマイブームになっているようで、来る前から凧凧と楽しみにLineを送って来ました。

自分も娘たちと凧揚げするなんて、十数年前に一度や二度あったかどうか記憶にないほどだったので、とても楽しい時間を過ごせました。

年老いた母もとても楽しそうに凧揚げしていて自分も嬉しくなりました。





タコ (^^)/



みなさんも穏やかなお正月を迎えられていることをお祈りいたします。

今年もどうぞよろしくお願いいたします!(^^)//

2016年8月30日火曜日

76の母のこと、2016夏。


5月連休最終日の夜に外の階段で転倒し、頭骨骨折及び急性硬膜下血腫で救急入院した母。76の母のこと。


幸い怪我は大事に至らなかったのですが、高次脳機能障害及び認知症と診断され、その後のリハビリに時間を要し、、、料理を作るリハビリもあって、それが思うようにできないようで途中病院からの報告では母が安全に暮らすには料理をしないことと言われ、料理のリハビリは中止と言われた時には思いのほか重症なのだと思い知らされ、この先どうなるのかと。。。


その後、母の提案で料理を並行作業せずに一品ずつ作ることでできるようになり、料理のリハビリも再開できたようです。

そんなこんなで半月前のお盆休みに三ヶ月半の入院生活を終え、自宅に帰って来ました。


母が入院する前は炊事洗濯などは全て母任せだったので、入院中には30年ぶりとなる自炊生活となり、母の有り難みを身にしみて感じ、、それでも三ヶ月半もしていると随分と作れるメニューも増え、炊事洗濯をこなす生活のリズムも効率良くスムーズになりました。

そんな訳で快適になりつつあった一人生活からまた母との二人生活が再開されたわけですが、なんとなく朝食は僕が作り、片付けは母、夕食は母が作り、片付けは僕、洗濯は母がしてくれて、買い物は会社帰りに僕、みたいな生活のリズムができてきて、認知症もまだそれほど進行しておらず、料理も美味しく作ってくれるのでひと安心です。


写真は(一年半ぶりの再会となる)退院当日に千葉から帰省した25の長女と来春袋井の会社に就職決まった22の次女と76の母。




と自炊生活で作ったうちご飯。外食ばかりになるかと思いきや、思ったより美味しく出来るので料理に目覚めてしまい、ほとんど外食しませんでした。中でも美味しすぎて自分でもびっくりだったのはロールキャベツ!


2016年6月29日水曜日

お婆ちゃん、ありがとう。


5月の初旬に怪我で入院した76歳の母は認知症と高次脳機能障害と診断され、今なお熱海の病院でリハビリを続けていますがいろいろと今までのように行かないこともあり、車の運転を諦めてもらったり、寝室を2階から1階に移すため部屋の模様替えをしたりとしていた今日このごろ。。。

茨城の母の実家で暮らす叔母から電話があり、お婆ちゃん(母の母親)が亡くなったと。

百歳を過ぎても元気だった祖母の突然の訃報に驚きとなんで今なのかと複雑な気持ちになりました。

その日の夜、兄と電話で自分は仕事の都合などでお葬式に行けそうもないことや、母もお葬式に出たいだろうから病院に一時退院のお願いをしようかと話をした30分ほど後に珍しく自宅の電話が鳴り、電話の向こうの声はすぐに茨城のその地方独特のなまり声で祖母が亡くなったことに関しての電話かと思いきや、母の同級生からでその方は祖母の訃報のことも母が入院していることも知らない様子で、古布を使った洋裁のリメイクを趣味としている母に、古布が集まったので送りたいとの電話でした。
母の携帯番号を伝え、タイミングを見て病院の母へ電話をしてくれるとのことで電話を切ったのですが、余韻に残るその地方独特のなまり声はお婆ちゃんの声そのもので、、お葬式に行けそうもない僕のところへお別れの電話をくれたように思え、、病院の母にもその声が届いてくれると思うと涙がとめどなく溢れてきました。。。

お婆ちゃん、ありがとう!



一年前の百歳のお祝いで、お婆ちゃんと。

2016年5月28日土曜日

76の母のこと。



GW最終日の夜遅く、玄関前の外階段で転倒し頭を打つ大怪我で緊急入院しました。
一人で転倒後、数分してから僕がたまたま気づいたから良かったものの、気づかぬまま寝てしまっていたらと思うとぞっとします。

ほんの4年ほど前までは元気に毎夕ウォーキングし、習字に、古布を使った洋裁に、卓球教室まで通うほど元気にしていたのに、ここ2年ほどのうちに急に老け込んで、薄々だんだんと認知機能の低下も感じられるようになり、最近では頻繁によろけて転んで怪我をすることが多くなって、階段に手すりを付ける計画をしたり、高齢者のための健康教室に通い始めたりとしていたところでの大怪我でした。

幸い大事には至らず順調に回復して伊豆長岡の大学病院を退院し、今日からリハビリをメインに熱海の病院に転院して来ました。

転院先では医療ソーシャルワーカーの方も親身にこと細かく付いて下さり、リハビリもしっかりやって頂ける感じで安心しました。

1週間前までは寝たきりでまだ歩けなかったのでこの先どうなるのかと心配もありましたが、今日は一人でも歩けるほどに回復し、移動中は母と手を繋いで移動したのですが、、母と手を繋いだ記憶は残っておらず、恐らく四十数年ぶりに手を繋いだんでしょうが、その頃は自分が手を引かれていたものが、今は自分が手を引いていると思うと、入院したおかげで今そんな時間を持てて良かったです。

そんな訳でここ最近は三十数年ぶりに自炊生活をしているのですが、やり始めると思った以上に美味しくできて、料理も楽しくなりました。
今現在の得意なものは玉子焼きと酢の物です!(^_^)/



2015年6月1日月曜日

百歳になったお婆ちゃん。




お爺さんのお葬式以来、24年ぶりに母の実家茨城へ。


長閑な風景に癒されて近所の散歩が気持ち良かったです。


昨日は24年ぶりに親戚一同集まって、百歳になったお婆ちゃんのお祝いでした。

自分のことはなんでもするし、相変わらずの元気でびっくりです!


写真は二人足りないけど孫一同といっしょに。



僕が50なのでお婆ちゃんのちょうど半分です!

お婆ちゃん、百歳おめでとう!

2015年1月4日日曜日

74、23、20.




お正月に娘たちが二年ぶりくらいに遊びにやって来ました♪

母74、長女 社会人二年生23、次女 大学二年生20。

年齢のことを思うともうすっかり大人になってしまったかと思っていましたが、一緒にいるとやっぱりまだまだ子供は子供でなんだか安心したような。。。

長女は相変わらず父にも祖母にも気遣いをしてくれるやさしい子で、

次女も大学生になってからバイトも始めたせいか、人当たりも柔らかな子になりました。

年頃の娘たちなので一般的な父親としてはいろいろと心配とかするものなのかもしれませんが、

二人とも精神的にはひとりの人間として、自分の人生を歩み始めているので、親がどうのこうの心配したところでどうにかなるものでもないし、何があろうともそれは彼女たちの人生なのだから、ありのままを受け入れるしかありません。

別居してもう10年になるのでその間に自然と子離れができたのかもしれませんね。

10年前と言えば長女中2、次女小5でしたので、当時の子供の心境を思うと可哀想で申し訳ない気持ちで涙が出そうになりますが、今の彼女たちに接しているとこの10年はとても意味のある大切な10年だったと思えます。



昨日の海は風も弱まり強い陽射しでとても清々しい海でした。